
「マンポ」というのは、鉄道や天井川の下をくぐったり、農業用水を通したりする小規模なトンネルの事。
語源は「鉱山の坑道」を表す「間府(まぶ)」であるとの説が有力で、地域によって、「マンプ」「マンボ」などと呼び方が変わります。
マンポがなかった頃、人々は堤防を上り下りして、川を渡って町を行き来していました。
場所によっては10m以上も上る所もあり、重い荷物がある時や、馬車や大八車で越える時は大変でした。
そんな状況を改善してほしいという人々の願いが聞き入れられ、
1886年(明治19年)、外国人技師の指導の下、レンガと石を使ったアーチ型トンネルが完成。
「草津マンポ」とよばれ親しまれました。
その後、何度も工事が行われて車道や歩道が設けられ、トンネルの幅も広くなり安全に通行できるように。
現在はコンクリートのマンポになり、壁画には、広重の浮世絵「草津川の渡し」などが描かれています。
草津川マンポ(1963年)
草津市立草津宿街道交流館提供
草津のマンポと警察署(明治末期)
草津市立草津宿街道交流館提供
マンポの壁画
広重の浮世絵「草津川の渡し」
東海道と中山道の分岐点に
置かれているマンホール
ーーーーーーーーーーー
【DATA】
草津市大路1丁目19
© 2020 草津まち歩き新聞.